大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(行ツ)61号 判決

上告人

石垣食品株式会社

右代表者

石垣敬義

右訴訟代理人

山﨑清

被上告人

建設大臣

斉藤滋与史

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山﨑清の上告理由第一点について

土地区画整理法一〇三条の規定に基づく換地処分について被処分者がする審査請求の請求期間の起算日は同人が換地処分の通知を受けてその処分があつたことを知つた日の翌日であつて、同条四項の規定による公告がされた日の翌日ではないとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点について

行政不服審査法一四条一項の規定が所論の憲法各条に違反するものでないことは、当裁判所昭和二五年(オ)第一一三号同二六年八月一日大法廷判決(民集五巻九号四八九頁)の趣旨に徴し明らかである。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一)

上告代理人山﨑清の上告理由

第一点 原判決は、最高裁判所判例に反し、行政不服審査法一四条一項所定「処分があつたことを知つた日」の解釈を誤つた違法があり、判決に影響を及ぼすことが明かであるので破棄を免れない。

一、最高裁判例によれば、行政不服審査法一四条一項所定「処分があつたことを知つた日」とは、処分が効力を発生したことを前提として右処分の存在を知つた日であり(御庁昭和三〇年九月二日判決、民集九―一〇―一一九七)、処分があつたこととは処分が効力を発生したことをいうのである(御庁昭和二八年九月三日判決、民集七―九―八五九、御庁昭和二七年一一月二八日判決、民集六―一〇―一〇七三)。

処分があつた、というには、処分が成立しただけでなく、その効力を発生したことを要する。効力発生前は、処分が成立したことを知る機会があつても、審査請求期間は進行しない。

審査請求期間は、行政処分の効果を長く不確実な状態におくことを避けるためである。行政処分が効力を生ずる以前には、期間が進行しないことは、その趣旨からして当然のことである。それは、発生した効力を安定させるためのものである。

二、土地区画整理法による換地処分は、関係権利者に換地計画において定められた関係事項を通知してする(同法一〇三条一項)が、通知は、換地処分の要求(成立要件)にすぎず、処分としての効力は公告(同法一〇三条四項)によつて生ずる。

換地処分の告知は、関係権利者への通知と一般への公示という二段階を経て行われる。通知と公示が一体となつて、その告知行為が行われる。

かくて、「常の行政庁の処分は、私法上の意思表示なり準法律行為が相手方に到達したときに効力を生ずるのと同様に、処分の告知(通知の到達)によつて効力を生ずる。しかるに、換地処分は換地処分の通知には格別の効力を与えず、換地処分のあつた旨の法一〇三条四項の公告に換地処分の効果の発生を係らしめている。したがつて、換地処分の通知と換地処分の公告とを合体したものと解すべきである。行政不服申立の対象は「換地処分の通知」と「換地処分の公告」とを峻別することを要しない。換地処分の通知を受けた者は通知のあつた日から審査請求をすることができ、審査請求期間六十日(行審法一四条一項)は、換地処分の公告の翌日から六十日以内であればよいと解したい。」(大場民男・縦横土地区画整理法三四八頁)

三、原判決は、これに反し、換地処分の通知があつた日を基準として審査請求期間を起算すべきものである。しかし、その理由として挙げるところは、一として首肯し難いものである。

(一) 原判決は、換地処分の通知がされたときは、通知にかかる事項が「一応最終的に確定するという効力を生ずる」という。また、換地処分の効果の発生を公告にかからしめているのは、「右公告自体は本来換地処分のあつたことを一般に周知させるための手段であるが、換地処分に伴う権利関係の変動の全体的統一的実現の必要から、すなわち、相関連して同時に実現するのではなければ錯綜混乱するおそれのある多数の権利関係の変動を同一時点で一挙に実現する技術的方法として」「換地処分の効果の発生の時期を、各関係権利者に共通の時点である公告があつた日の翌日の初めとしたにすぎない」とする。

(二) 原判決のいう「最終的に確定するという効力」とは何か。

換地処分の通知には「格別の効力」は与えられていない(大場・前掲三四九頁)。通知は、処分内容を「最終的に確定する」ものでもない。

通知後公告までの間(本件では約五ケ月)における権利の変更(権利の移転・分合筆等)により、換地処分の内容は変更される(後述)。

公告前、通知内容に違法、不当があることに気付いた施行者は、その内容を、適法、適当なものとするよう変更すべきである。

通知内容が結局公示されないこともある。本件土地区画整理にあつては、知事は、昭和三七年換地計画を定め、その計画は公衆の縦覧に供せられ、関係権利者に意見書を提出する機会を与えたが、多数の意見書が提出されたので、昭和五〇年右換地計画を廃止している。施行者は、処分通知後、通知にかかる換地計画を廃止することもできる。それは、結局公示されない場合であるが、公示されても、公示に違法があり、それが無効又取消すべき場合もあろう。

原判決は、通知により最終的に確定する、というのは、通知後は、これを変更、廃止できない、というのか。その法的根拠はない。公示がなくて(効力がなくて)最終的に確定する処分というのは、どのような処分か。そこに、背理、附会がないか。

(三) 行政処分は効力発生前に外部に表示されることもあるが、所定の手続、形式をもつて確定的に表示され、その効力を生ずるまでは、処分があつた、とはいえない。このことは次の判例上明かである。

(1) 処分の相手方でない第三者から申立する場合、処分が告示により公示される場合は一般に公示の日が基準となるが、当該処分が効力を生ずることを前提とするから、処分の相手方に対し、処分が送達されない間は、公示されても期間は進行しない。――最判昭和二七・一二・二三、民集六―一一―一二〇七、最判昭和二八・二・三、民集七―二―一二五。処分は、了知され、かつ、公示されることを要する。

(2) 農地買収計画に対する訴願手続中、買収令書が交付されても、訴願裁決に対する出訴期間は進行しない。買収令書により訴願裁決の結果は了知されていたが、裁決謄本の交付により裁決の効力が生ずるので、その交付が遅れている間は期間の進行はない。――最判昭和三一・五・一八、民集一〇―五―五一七。処分は、効力を生じて、最終的に確定するのである。

(3) 地方議会の議員除名処分について、除名決議の日でなく、当該除名通知書交付の日が起算日。――青森地判昭和四〇・九・一四、行集一六―九―一五八。

(4) 代金納付期限が延期された場合、公売処分に対する不服申立は、延期の時が基準。――神戸地判昭和三八・四・四、行裁例集一四―四―七六六。固定資産税につき異議申立期間は第四期の徴収令書交付の日が基準(第三期までは仮算定の場合)。――大阪高判昭和二八・四・二〇、行裁例集四―四―八九六。

(四) 原判決は、公告は、換地処分に伴う権利関係の変動の全体的統一的実現のための技術的方法にすぎない、という。換地処分による権利関係の変動が全体的統一的に実現される必要はある。そのために、各換地処分の発効を同一時点に定めることは、一つの方法であろう。しかし、原判決もいうように「公告自体は一般に周知させるための手段」である。効力の発生をこのような公告にかかわらせたことが問題なのである。権利関係の変動を「同一時点で一挙に実現する」には、各換地処分において、一定の時点を定めることによつて、その目的を達することもできる。換地処分の通知にあたつて発効時点を定めてもよいのである。現行法は、そういう方法を採らないで、いつになるかも分らない、一般的告知行為である公告の時点を基準とした。その結果、換地処分の通知は、行政処分としては、発効時点についての定めを欠いた(公告の時点というだけでは確定していない)未完成のものである。換地処分の通知だけでは、処分内容においても(発効時点不明)、告知行為としても(さらに公告を要する)不完全なものであり、通知に「最終的に確定する」効力を認めることは到底できないのである。そして、通知内容が変更、廃止される可能性もあり、通知には格別の効力を認めることはできない。換地処分には、通知が必要である、というにすぎないのである。

(五) 原判決は、換地処分の通知後公告までの間の権利者の変更について、法一二九条が適用される結果、換地処分の通知によつて生ずる効力(最終的確定力か)が権利者に対しても生ずる、という。しかし、換地処分の相手方が変る、ということは、その処分が最終的には確定していない、ということである。そして、公告まで、さらに二転三転するかもしれない。だから、確定的な効力はない、というのである。公告によつて、その相手方は確定する。法一二九条は、処分、手続その他の行為は「新たにこれらの者となつた者に対してしたものとみなす」と規定するので、新権利者に対して、新たに通知する必要はない、というだけである。公告までの間、分筆、合筆等の変更もありうる。公告によつて、処分内容、処分の相手方は確定し、効力を生ずる。

(六) 原判決もまた「通知のあつた日を基準として審査請求期間を起算することにすると、審査請求期間の経過により換地処分が不可争的となつたのに、いまだ公告がされず、あるいは、公告に固有の瑕疵があつて取り消され又は当然無効とされるなどのため、換地処分の前示の効果がなお発生しないというような場合がときとして起こりえないでもない」ことは認める。通知だけでは告知行為として不十分なことは認めるのである。「このことは、換地処分の効力を早期に不動のものとするため通知のあつた日を基準として審査請求期間を起算すべき必要性と合理性を少しも損うものではなく、また、処分の相手方である関係権利者が通知のあつた日を基準として起算される審査請求期間内に審査請求をすることについてなんら妨げとなるものではない。」という。問題は、効力がいつ発生するか分らず、結局発生しないかも知れない間に審査請求期間を経過させてしまうことの不合理性にある。そのことを認めながら、なお、通知を基準とする必要性と合理性は少しも損われない、という。しかも、そういうだけで、その理由は示されていない。ただ、早期に確定したい、ということであろうか。それは職権主義的な考え方でないか。権利保護の視点に欠けていないか。また、効力が発生してなく、結局発生するかどうか分らないことが、「審査請求期間内に審査請求をするについてなんら妨げとなるものでもない」とは、どういう意味か。問題は、審査請求期間をどう定めるか、である。その期間内の審査請求が妨害されてならないことは当り前のことである。自己に換地処分の効果が及ぶことが確定的となつて、これについて争う利益も確定的となる。換地処分による権利義務が自己に生ずるか不確実な間は、争う利益も不確実である。まだ、権利者が変るかもしれない、処分内容も変るかもしれない、結局効力を生じないかもしれないのに、審査請求を強制することになつていいか、ということである。通知を基準とすると、権利者が変らない場合は、権利関係が不確実である間に争わなければならない、という点で、審査請求の権利が充分に与えられていない。権利者が変つた場合は、請求期間は短縮され(前権利者への通知から権利譲渡まで)、あるいは、全く与えられない(請求期間経過後の譲渡)。審査請求権は、かくて、明かに妨害されている。

四、問題は、審査請求期間を定める趣旨にある。

その趣旨は、行政処分は一般公共の利害に関係し、かつ、時間的に継起するものであるから、早期に不可争的とする必要がある、とするのである。「これを長きにわたつて争い得る状態におくことは、当該行為を不確定な状態におくことになり、それに基づいて成立する様々な行政上の法律関係の安定を保つことができなくなる。」(南・小高注釈行政不服審査法九五頁)それは、行政上の法律関係を安定させる必要である。従つて、その期間は「一方では、その期間をできるだけ長くすることによつて国民の権利利益の保護を厚くするという要望と、他方では処分の効果をできるだけ早期に安定させようという行政上の要請との調和」として定められなければならない。

換地処分に対する審査請求期間について、行政庁には、通知を基準として不可争的とすべき必要があるか。処分の相手方は、通知を基準とすることにより、争う機会が充分に与えられたといえるか。換地処分はまだ効力を生じてなくて、処分内容も、相手方も変更するかもしれず、いつ効力を生ずるか分らず、結局効力を生じないかもしれないのに、これを早期に確定する必要が行政庁にあろうとは思われない。行政庁が、その法律関係を早期に安定したいと思えば、公告を早くすればいいのである(本件では通知から公告まで約五ケ月)。効力発生以前に不可争的としてしまうというごとき(本件ではそうなつた)、行政庁の便宜に傾きすぎ、明かに不合理である。処分の相手方については、その効果が確定的に自己に及ぶとき、これを争う必要も確定的となる。元来、審査請求の始期が、単に処分の内容を知つた日ではなく、その処分が効果を生ずることを要する、とするのは、何故か。それは、効力を生じなければ確定的でないからである。そして、自己への効果が確定的となつたときから、期間を進行させることが合理的であるからである。

すでに述べたように、公告はいつ行われるか分らず、公告に瑕疵があるかも知れず、結局公告が行われないかも知れない。しかも、処分内容の変更、廃止がありうるし、権利者が変更するかもしれないのに、その間争う機会は過ぎ去つてゆく、というのは、相手方に対して酷である。原判決は、「公告を待つてみても、それ以上に処分内容が具体化又は明細化されるわけではなく、また、処分理由が開示されるわけでもない」というが、処分内容が変るかもしれず、処分の相手方も変更されうるのである。そして、処分内容の具体化、明細化、処分理由の開示が普通はなされないので、処分の効力を生じた時の相手方によつて、これらの点につき調査、検討する機会が充分に与えられなければならないのである。通知から公告まで時間があれば、その間の権利者の変更は当然に考えられる。法一二九条の適用により、新権利者への通知はなされず、前権利者への通知を基準として審査請求期間が進行すると、新権利者には、その期間は短縮され、あるいは、全く与えられない。公告まで待つても、具体化明細化がないからといつて、公告によつて効力を生じた新権利者から請求の機会を奪つていいのであろうか。御庁判例(最高昭和四八・一二・二一、民集二七―一一―一六四九)によれば、清算金の交付は、公告時の所有者に対して行われ、その権利は公告により確定的に発生する。公告後換地の譲渡が行われても、新たな所有者には法一二九条の適、準用はなく、公告時の所有者のみが、その交付を受ける権利を有する。それは、換地処分が、公告を境とし、公告時の権利者につき、確定的な意味をもつことを示している。そして、時効の起算日も、公告の翌日である。これらの判例の趣旨からすれば、審査請求期間が、公告の日を基準とし、その時点の権利者について進行することは、当然のことではないか。〈以下、省略〉

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